Ludus Coriovalli について
🏛️ Ludus Coriovalli とは?
Ludus Coriovalli(ルドゥス・コリオヴァッリ)は、古代ローマ時代に遊ばれていた非対称戦略ボードゲームです。4 匹の猟犬(Canis、カニス)が 2 匹の野兎(Lepus、レプス)を包囲して動けなくすることを目指すゲームで、数的優位を持つ側と機動力を持つ側が真正面から対峙する、シンプルながら奥行きの深い構造を持っています。ラテン語の「Ludus」は「遊び」「ゲーム」を意味し、「Coriovalli」は発見地となったローマ都市コリオヴァッルム(現在のオランダ・ヘールレン)に由来する命名です。
このゲームは、ローマ帝国の崩壊とともに何世紀にもわたり人々の記憶から完全に失われ、1,800 年以上の長きにわたり歴史の闇に埋もれていました。紙やパピルスに書かれたルール書は一切残らず、ローマ時代の文献にも直接的な言及は存在しません。それでも、ある一つの石の表面に刻まれた「摩耗の痕跡」だけが、かつてそこで繰り返されたプレイの記憶を物語り続けていたのです。
2025 年、ベルギーとオランダの国際的な研究チームが、この失われた遊戯を蘇らせることに成功しました。鍵となったのは、最新の人工知能技術と考古学的分析の融合です。学術誌 Antiquity に掲載された画期的な研究論文は、オランダのヘールレンで発見された石灰岩に刻まれた幾何学模様が、実際に遊べるボードゲームの盤面であることを数学的・統計的に実証しました。顕微鏡による使用痕分析(microwear analysis)と AI 駆動のシミュレーションを組み合わせることで、何世紀にもわたるプレイによって生じた摩耗パターンを特定し、4 つの駒が協力して 2 つの駒を封じ込めるブロッキングゲームと照合することに成功したのです。
本サイトは、この学術研究によって復元された 9 つの候補ゲーム構成のうち、物理的な摩耗痕と最も高い整合性を示した 4 対 2 形式を忠実に再現しています。単なる「ゲームの遊びかた」ではなく、古代ローマ人が実際に石板の前で対峙し、駒を滑らせ、勝利と敗北を積み重ねた時間そのものを、皆さんが現代のブラウザから追体験できるようデザインされています。
🔍 発見の経緯
物語は、オランダ・ヘールレンのローマ博物館(Het Romeins Museum)に保管されている一つの謎めいた石から始まります。オブジェクト 04433 として登録されているこの石は、フランス北東部ノロワ(Norroy)産の白いジュラ紀石灰岩を加工したもので、寸法は 212×145×71mm、重さ 3.38kg。掌に収まりそうで収まらない、なんとも中途半端な大きさの石塊です。この種のノロワ石灰岩はローマ帝国北部属州(ゲルマニア・インフェリオル、ガリア・ベルギカなど)において大理石の代替品として珍重され、柱や碑文、葬祭用モニュメントに使用されていました。
しかしこの石は、ノロワ石灰岩としては異例に小さく、建築用途には到底使えないサイズです。碑文を刻むには表面積が足りず、神殿の柱にするには細すぎ、墓碑として用いるには文字が見当たりません。では、なぜ石工は、はるばるフランスから輸入された高価な石材を、これほど小ぶりに加工したのでしょうか。この謎が、研究者たちを数年にわたる詳細な分析へと導いていきました。
その上面には独特の幾何学模様が刻まれています。外周を成す矩形を、交差する線で対称的に分割し、角へ延びる対角線がそれを補強する構造。一見すると装飾的な図形にも見えますが、類似パターンがローマ帝国各地の建築物や舗装に落書きとして残されていることから、研究者たちは「これは装飾ではなくゲームの盤面ではないか」という仮説を立てました。
決定的だったのは、顕微鏡検査(multi-scale microwear analysis)により、一方の対角線に沿った表面が他の部分より目に見えて滑らかであることが判明した点です。これは、ローマ時代のガラスや石製の遊戯駒のような硬い物体が、プレイ中に繰り返し前後に滑らされたことによる摩耗パターンと完全に一致します。つまりこの石は、誰かが繰り返し、何世代にもわたって「遊ばれた」証拠を物質的に刻みつけていたのです。
ローマ末期(紀元 250 年〜 476 年頃)、コリオヴァッルムの街は中心部の一部が要塞化されるという変容を遂げました。ゲルマン諸族の圧力が増す中で、それまで開かれた交易都市だった街は、防御的な性格を強めざるを得なくなっていったのです。この時代の特徴として顕著なのが、建築石材の転用(スポリア、spolia)です。かつて豪奢な神殿や公共浴場を飾った大理石や石灰岩が、城壁や防御塔の石材として「リサイクル」されました。オブジェクト 04433 もまた、元は装飾用のノロワ石灰岩であったものが、後にゲームを遊びたかった誰かの手によって整形・刻線されたものと考えられています。
🏗️ コリオヴァッルム — ローマの街
コリオヴァッルム(Coriovallum)は下ゲルマニア属州(Germania Inferior)に位置する古代ローマの都市で、アウグストゥス帝の治世(紀元前 27 年〜紀元 14 年)に建設され、西ローマ帝国の崩壊(紀元 476 年)まで約 500 年にわたり人が住み続けました。その遺構は、現在のオランダ南部リンブルフ州の都市ヘールレン(Heerlen)の地下に眠っています。
コリオヴァッルムは、古代の文献に記録が残るオランダ国内でも数少ないローマの街のひとつです。有名なタブラ・ペウティンゲリアーナ(Tabula Peutingeriana、4 世紀の世界地図の中世写本)や、イティネラリウム・アントニーニ(Itinerarium Antonini、ローマ帝国の道路距離目録)といったローマの道路地図にもその名がしっかりと記されており、当時のローマ世界において確かな地位を占めていたことが分かります。
この街が繁栄した最大の理由は、その地理的条件にあります。アーヘン(現在のドイツ)からケルン方面へと抜ける東西の街道と、マーストリヒトからクサンテンへと北上する街道という、ローマ街道の二大幹線が交差する交通の要衝だったのです。街道は軍団の移動を支えるインフラであると同時に、商品と情報を運ぶ動脈でもあり、コリオヴァッルムはその恩恵を存分に受けました。
経済的繁栄の痕跡は、壮麗な建築と豊かな副葬品に色濃く反映されています。最盛期のコリオヴァッルムは 48 ヘクタール以上に広がり、公共浴場(テルマエ)、神殿、フォルム、住居区、工房地区を擁する本格的な属州都市でした。とりわけ 1 世紀半ばから 3 世紀にかけては、ローマ式陶器(terra sigillata の模倣品を含む)の主要な生産拠点のひとつとなり、遠く離れた地域にまで製品を輸出していたことが考古学的調査で明らかになっています。
街から延びる 4 本の主要道路沿いには、約 1km にわたって埋葬地(ネクロポリス)が連なっていたことが確認されています。ローマの慣習では埋葬は街の外(Pomerium の外側)で行う決まりであり、旅人は街道を進みながら自然と墓碑の並ぶ区域を通過することになりました。つまりコリオヴァッルムを訪れた古代人は、まず死者たちの静かな列に迎えられ、それから生者の賑わいへと足を踏み入れたのです。
🤖 AI によるルール復元
このゲームのルールは、古代から一切書き残されていませんでした。ローマ人は Ludus Latrunculorum(軍勢のゲーム)や Tabula(バックギャモンの祖先)といった主要な盤上遊戯については同時代の文献に多少の言及を残しましたが、日常的に地面や石板に描かれて遊ばれた「簡易な遊戯」のほとんどは、文字記録の外側に置かれていました。では、ルールが完全に失われた古代ゲームを、どうすれば「復元」できるのでしょうか。
どのように遊ばれていたかを再構築するため、研究者たちはマーストリヒト大学(Maastricht University)で開発された汎用ゲームシステム「Ludii」を活用しました。Ludii は数千もの歴史的ボードゲームを数学的に記述・モデル化し、シミュレーションできるデジタルプラットフォームであり、世界中のゲーム考古学者・計算機科学者が利用する国際的な研究基盤です。Ludii のゲーム記述言語 Ludemes を用いれば、「盤面の形」「駒の動き方」「勝利条件」といった要素を構成的に組み合わせ、あらゆるルール組み合わせを網羅的に生成できます。
その成果は学術誌 Antiquity(ケンブリッジ大学出版局刊、第 100 巻第 409 号、2025 年)に、「Ludus Coriovalli: using artificial intelligence-driven simulations to identify rules for an ancient board game」というタイトルで発表されました。執筆陣は、Walter Crist、Éric Piette、Karen Jeneson、Dennis Soemers、Matthew Stephenson、Luk van Goor、Cameron Browne という、考古学・AI・ゲーム理論の各分野をまたぐ国際チームです。
具体的な AI の使われ方はこうです。初期のチェスコンピュータと同じアルゴリズム体系である Alpha-Beta 探索エージェントを用い、候補となる数百のルールセットそれぞれについて、1,000 回ずつのシミュレーション対局を実施しました。1 手あたり 1 秒の思考時間を設定した上で、AI 同士が対戦し、対局中にどの線(edge)が最も頻繁に使用されたかを追跡し、詳細な「辺使用統計」を生成したのです。
これらの統計データは、オブジェクト 04433 の物理的な摩耗パターンと比較されました。右利きのプレイヤーが盤面の右側を好むといった人間の認知的・身体的バイアスを考慮するため、シミュレーション結果に対称変換(reflection、rotation)を適用し、AI によるプレイと古代のプレイヤーが実際に残した痕跡との整合性を最大化する最適化処理も行われました。単純な「データと現物の照合」ではなく、「人間らしさ」までも数理モデルに組み込んだ、考古学の新しいスタンダードとなりうる手法です。
最終的に、9 つのゲーム構成が摩耗基準と統計的に有意な一致を示しました。そのすべてがブロッキングゲーム類型に属しており、最も頻繁に一致した形式は、駒が盤上に配置された状態で始まる 4 対 2 のゲームでした。本サイトはこれらの AI 検証済み構成のひとつを忠実に再現しており、皆さんのプレイはそのまま「AI が古代の石に最も近いと判定した遊び方」の実演となっています。
♟️ ブロッキングゲームとしての特定
Ludus Coriovalli は「ブロッキングゲーム(blocking game)」と呼ばれるゲーム類型に属します。これは、一方のプレイヤーが相手の駒を包囲し、動けなくすることを目指すゲーム群の総称で、世界各地の民族・時代に類似の変種が見られます。このゲームでは 4 匹の猟犬が協力して 2 匹の野兎を包囲・固定します。駒を取るゲーム(チェスや将棋のような捕獲系)ではなく、盤上から駒が除去されることはありません。あくまで位置取りの戦略と連携のゲームです。
ブロッキングゲームの魅力は、その「非対称性(asymmetry)」にあります。多数派(猟犬)は個々の駒は弱く単独では相手を追い詰められませんが、連携すれば決定的な包囲網を構築できます。少数派(野兎)は個々の駒が独立して動ける分、機動力があり逃走能力に優れます。この構造は、軍事史における「寡兵と大軍の対決」、自然界における「群れと単独者の追跡」という根源的なドラマを、わずか 6 つの駒で抽象的に再現しています。
研究によれば、どちらが先手を取るか、駒がどの初期位置から始まるか、千日手(繰り返し)をどう扱うかといった小さなルール変更は、ゲームの基本的な性格を変えることなく容易に調整できます。つまり古代のプレイヤーたちは、石に残る特徴的な摩耗パターンを生み出すほど一貫したプレイスタイルを保ちながらも、細部のバリエーションを楽しむだけの柔軟性を持っていたのです。おそらく、家庭ごと・地域ごと・世代ごとに微妙に異なる「ハウスルール」が存在したでしょう。
📜 歴史的な系譜
ブロッキングゲームはローマ時代のテキストには直接記述されていませんが、考古学的証拠は文献資料が示すよりもはるかに長い歴史を持つ可能性を示唆しています。現代の民族誌・民俗学の調査によれば、類似した構造のブロッキングゲームは世界各地の伝統文化に広く存在しており、それぞれの地域で固有の名前と物語を与えられてきました。
フランスの「jeu des gendarmes et du voleur(警察と泥棒)」、イタリアの「gioco dell'orso(熊のゲーム)」、ギリシャの「to kinégi tou lagoú(野兎の狩り)」など、類似の幾何学構造を持つゲームが、ヨーロッパ各地の民俗遊戯として記録されています。さらに、ローマ本国、小アジアの聖域都市ディディマ、トルコのアフロディシアスなど、ローマ時代の壁面や舗装には、この種のブロッキングゲームの盤面が落書きとして刻まれた事例が数多く発見されています。
独特の「haretavl(ハレタヴル)」盤面パターンは、14 世紀のラトビアや、10 〜 11 世紀のバイキング時代のダブリン(アイルランド)の考古遺物からも発見されています。これらの盤はいずれも、同じ石や木片の上にナインメンズモリス(Nine Men's Morris、九人の石置き)の盤面と並んで刻まれていることが多く、当時の人々がひとつの石を複数のゲームで使い回していた様子が窺えます。
これらの発見は、この種のブロッキングゲームが広域にわたって、そして何世紀にもわたって遊ばれていたことを示唆しています。地中海世界から北海沿岸まで、ローマ帝国の交易ネットワークがゲーム文化をも運んでいた可能性は十分にあり、兵士や商人が任地や交易先で盤を刻み、現地の人々に教え、やがてそれが民俗遊戯として土着化していった、という流れが想像できます。
伝統的なゲームのルールが文字に残されることは稀です。単純なゲームは地面に描かれ、石や種子を使って遊ばれることが多く、考古学者が発見できる痕跡を残しませんでした。木の盤や布の盤は朽ちて消え、口頭伝承は語り手の死とともに途絶えます。オブジェクト 04433 が特筆すべきなのは、まさにそうした「儚い遊戯文化」の証拠を、石という最も耐久性のある媒体に偶然にも保存していた点です。もしこの石がなければ、そのゲーム文化は歴史の記録から完全に消え去っていたかもしれません。たった一つの石、たった一つの摩耗した対角線が、失われた遊びの世界を蘇らせる唯一の鍵だったのです。
📖 学術的出典
本サイトは以下の査読付き学術論文(Antiquity 誌掲載)に基づいています。Antiquity は 1927 年創刊、ケンブリッジ大学出版局が発行する国際的な考古学の主要学術誌であり、同論文は厳格な査読プロセスを経て公表されました。本サイトのゲームルール、発見の経緯、AI 手法に関する記述はすべて、この原典に依拠しています。
Crist, W., Piette, É., Jeneson, K., Soemers, D., Stephenson, M., van Goor, L., & Browne, C. (2025). Ludus Coriovalli: using artificial intelligence-driven simulations to identify rules for an ancient board game. Antiquity, 100(409). doi:10.15184/aqy.2025.10264
💻 このサイトについて
本サイトは Ludus Coriovalli を無料でブラウザ上から体験できるオンライン版です。対人戦(ローカル PvP、同じ端末で 2 人が交互に指す形式)や、Alpha-Beta 探索を搭載した 3 段階の難易度(初級・中級・上級)の AI との対戦(PvE)を楽しむことができます。日本語・英語・韓国語・中国語(簡体字・繁体字)・スペイン語・ポルトガル語・ドイツ語・フランス語・イタリア語の 10 言語に対応しています。
本サイトは学術研究の成果を一般の方々に届けることを目的とした非営利的な教育プロジェクトです。ルールや歴史的記述は前掲の Antiquity 誌論文に準拠していますが、実装や UI デザイン、盤面の視覚表現、AI の実装は本サイトの独自制作物です。使用されている画像(ロゴ、OGP 画像、アイコン)はすべてオリジナル作成であり、論文掲載図版の無断転載は行っていません。
ゲームの実装は TypeScript と React(バージョン 19)で記述されており、AI 部分は伝統的な Alpha-Beta 探索を実装しています。読者の皆さんが盤上で下す一手一手は、1,800 年前にこの石板の前に座った誰かの一手と、時代を超えて響き合うことになるでしょう。